血液浄化膜の基本概念
透析膜の機能
血液浄化膜のなかで、他に比して使用量の圧倒的に多い透析膜に要求される機能を挙げると次のとうりである。
透析膜は、血液と接触し、湿潤することによる内径、膜厚および長さに変化が少なく、破断強度
(機械的強度)に優れていなくてはならない。しかし強靭な膜になると溶質は通りにくくなり、また溶質が通りやすくなると膜は破れやすくなる。すなわち、良く伸び、軽く、薄く、孔面積が大きく、それでいて強靭な膜が透析に適していることになる。透析膜の素材は多種多様であり、再生セルロース、酢酸セルロースのようなセルロース由来の透析膜、ポリメチルメタクリレート、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリアクリロニトリル、ポリスルホンなどの合成高分子の透析膜が用いられている。
透析膜の改良
長期透析患者の数多くの合併症を考えると、通常透析膜では十分に取りきれていない分子量の大きい病因物質があると考えられる。
たとえばβ
2−ミクログロブリン(分子量11,800)のような分子量の大きい病因物質が明らかにされると、透析膜の改良が必要になる。長期透析患者に見られる手根管症候群の関連物質がβ2−ミクログロブリンであることが明らかにされて以来、大きな細孔をもつ高性能透析膜が次々と開発されている。この高性能透析膜も溶質の選択的除去能および生体適合性の観点からみると不十分な点が多い。
低分子量蛋白質を積極的に除去するには、細孔直径が十分に大きく、シャープな分画分子量特性を有する透析膜が必要である。しかし透析膜には孔径分布が存在するため、平均細孔直径を適切に設計しないと、有用性分であるアルブミン(分子量68,000)が漏出してしまう。生体に必須の低分子量物質も透析で体外に失われているが、透析ではこのことにとくに対処していない。これに対して、選択的溶質除去能を有する免疫吸着剤を開発する努力も進められて、そのためには病因物質の同定が不可欠である。
また透析膜はその素材、物理的な構造によって血漿成分を非選択的に吸着する。吸着によって血漿成分中の病因物質を除去することも可能である。
薄膜化や膜構造の改良によって透析膜の透過性が向上すると、透析膜面積が小さくてよいことから、透析器の小型化が達成される。小型化は血液貯留量
(プライミングボリウム)が減少することから十分に意味があるし、さらに携帯型、装着型および内臓型人工腎臓目標としたときに好都合である。
腎臓の糸球体基底膜と分離のメカニズム
心臓による血圧を駆動力として糸球体の毛細血管壁で血液が濾過され、糸球体を取り囲む
Bowman嚢と糸球体との間にあるBowman腔に濾液が集まる。毛細血管壁は内皮細胞、基底膜、上皮細胞からなり、この生体膜は濾過膜として機能する。
濾過膜に対するおもな抵抗は基底膜にあり、基底膜の細孔の大きさは7〜10nmである。分子量1〜2万までの溶質の糸球体における透過流束は一定であるが、それ以上の分子量をもつ溶質の透過流束は減少し、
アルブミンは糸球体の毛細血管壁をほとんど透過しない。糸球体の毛細血管壁は正荷電の分子の透過を促進し、負荷電の分子の透過を抑制している。また多くの血漿蛋白質が糸球体の毛細血管壁を透過しないため、血漿中の他の陰イオンは濾液側に多少多く存在し、陽イオンは血漿中に多少多く存在する。このように糸球体の毛細血管は
size selectiveの機能とともに、charge selectiveの機能を有する。糸球体の毛細血管壁は濾過膜であるにもかかわらず、合成膜を用いた濾過でよく経験するファウリングが起こらない。
ネフロンでは、糸球体において生体に不要な物質とともに、生体に必要な多くの溶質を血管外に大量に放出し、糸球体の後に続く尿細管で生体に必要な溶質を毛細血管内に再吸収している。このように、ネフロンにおける分離は非常に多くのエネルギーを消費しており、エネルギー的に低効率であるが、完全な分離が行われている。
腎臓と透析器の性能の差異
HFは腎臓の模倣であり、腎臓の糸球体で行われている濾過の機構をまねて血液を浄化している。前述のように、腎臓では糸球体のあとに続く尿細管が血液の浄化において重要働きをしており、それを模倣できない現時点で、血液を濾過することは危険かもしてない。腎臓は人工腎臓開発の大きな目標であることに違いない。そのために手本である腎臓のメカニズムをまず知る必要がある。
表1は腎臓の糸球体と中空糸型透析器のデータを比較している。
ハイフラックス透析器を用いた濾過で腎臓と同じ性能を発揮するには、毛細血管と同じ形状と同じ濾過係数をもつ中空糸(約
10μmの内径と約450μmの長さ)を作成し、その中空糸を組み込んだ濾過器に約1.2l/minの血液を供給しなければならない。このような中空糸を作ることは現実的にきわめて困難である。たとえ作れたとしても、内径10μmの中空糸に長時間血液を凝固しない状態で流し続けることも困難である。また約1.2l/minという高流量の血液を濾過器に供給し、約1億本の中空糸に血液を均等に配分することも難しい。換言すれば、腎臓とまったく同じ仕事をする濾過器を作り、それを操作することは不可能に近い。
表
1 腎臓と中空糸型透析器の特性値比較
ヒト糸球体 |
中空糸型透析器 (濾過型、東レ B-1) |
|
血液量 (ml/min)濾過圧(mmHg) 濾過流量(ml/min) |
1,200 120 |
200 |
毛細血管 長さ(cm) 膜圧(μm) 本数(本) 全面積(u) |
10 5 200万50(V) 1.5 |
240 |
( T) 糸球体毛細血管内の静水圧85mmHg,血管外の圧15mmHg,血漿の膠質浸透圧30mmHgとした。 |
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( U) 糸球体毛細血管の内径10μm,全本数1億本,全面積1.5uと仮定して計算した値 |
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( V) 糸球体の数200万/腎2個,糸球体内での毛細血管は平均50本に分岐していると仮定して計算した値 |
温度応答性透析膜
現在では透析膜の性能は非常に向上しており、尿素、クレアチニンなどの低分子量物質ばかりでなく、中分子量物質、また分子量が
1万以上の低分子量蛋白質を慢性腎不全患者から透析によって除去できるようになっている。透析膜の構造と透過性の工学的研究から、分子量の大きな病因物質を除去できるような透析膜は、大きな細孔を有すると推測される。透析膜の溶質透過性能を表す拡散透過係数は細孔半径の2乗に比例するが、水の透過性能を表す濾過係数は細孔半径の4乗に比例する。
したがって低分子量蛋白質を慢性腎不全患者から透析治療中に十分除去できるような透析膜は、水を体外に除去しすぎる傾向にある。同時に透析膜に存在する孔径分布のために、慢性腎不全患者から除去したくない、生体にとって必須の蛋白質であるアルブミンを漏出しやすくなる。このようなことが起こらない様にするための
対策として、一つは、透析の孔径分布を狭くすることであり、もう一つは、必要に応じて細孔半径を変えることのできる透析膜を開発することである。前者は透析膜の材質、製膜方法などに依存しており、その解決は現時点では困難である。後者は今後の課題で、興味深い方法と考える。透析中に透析膜の細孔半径を変えることができれば処方透析も可能になる。透析中に透析膜の細孔半径を変化させる操作因子として考えられるのは温度である。温度で透析膜の細孔半径を変えるかとができれば、拡散透過係数および濾過係数を変えることができる。たとえば、温度応答性ゲルを利用した温度応答性透析膜の開発が期待される。