小野商店のマシン環境

現在、小野商店では、12台のマシンが稼働していて、どれもイーサネットで繋っ ています。ここでは、それらの機械の紹介をします。もちろん、この原稿もそ の中の一台を使って書いています。

SONY NEWS1450

    CISCワークステーションの最終世代の機械。いまだに現役です。CPUは、 Motorolla MC68030。OS は、NEWS-OS 4.2C という BSD系列の UNIX。非常に安 定しています。この機械の前には、NEWS-OS 2.0 の載った NEWS830 も使って たのですが、この 2.0 から比べると、4.2 は抜群に安定していて、これぞ 正統的なバージョンアップと思います。

    「新機能」を追加して、重くすることをバージョンアップと勘違いしている、 世界一のパソコンソフト屋さんにも、見習ってほしいもんです。OSが安定しな いと、話にならんのだから。

    現在でも、LPガス管理用のアプリケーションが動いてます。

JCS Vintage

    1993年か、1994年に購入した機械。もともとは、DX4-100MHz VL-Bus、CD-ROM、 mistumiでサウンドカードから取るという、ほとんど今では、骨董品のような スペック(買った時は、「中の上」あたりだったんですがね)。OSは、 Win3.1 と Linux 0.92(あたり)を載せ、Win3.1 は後に Win95 にアップグ レード。

    もういいかげん古くなったなと思ってたころ、弟からPentium-100 のマザーボー ドをもらったので、それに入れ換え、まったくの骨董品から、「かなり古い」 程度へアップグレード。ただし、CD-ROMだけは、mitsumiのまんま。しかし、 このおかげで、IDE IF にHDD を4台付けることができる!!

    メモリも 16M->32M->64M と増やしたのですが、最近なぜか 32M しか認識され てません。

    マザーボードアップグレード時に、Linux を TurboLinux2.0 に入れ換え(その 後TurboLinux3.0に)、もひとつついでに、1B/V3(Btron) ものっけて、3つのOS のマルチブートになってます。

    この機械は、プリンタサーバの役割も担っています。そのため、ほとんど Linux を動かし、samba を利用しています。

Dell Optiplex GXMT5166

    1996年に購入。Win95 と FreeBSD 2.2.8 が載ってます。96〜98年ころは、主 力機で、ほとんど FreeBSD を動かしていました。

    翻訳の仕事をしたときは、Win95用のCD-ROM英和辞典を使っていた関係でほと んど、Win95を動かしてましたが、Bow-95 をインストールして原稿は、mule で書く、とほとんどUNIX環境のようにして利用してました。

    その後は、娘の専用機化して、FreeBSD はメッタにブートされなくなりました。 娘に、UNIX を使えるようになれーと言ってますが、コマンドラインでの操作 は、地味ですからねー。

    IBM のノートパソコンを購入してからは、娘は主にそちらを使うようになり、 現在は、「浪人中」って感じになっています。

SONY VAIO505

    1997年秋、発売と同時に買いました。ちょうどノートが欲しいと思ってたとこ ろに、あのデザインを見せつけられたので、一発でコロッとイッてしまいまし た。

    しばらく使ってなかったら、内蔵電池がダメになったようで、起動しなくなり ました。もう、多分直さないだろうな。

FUJITSU FMV5233D9M

    ハンディターミナルを使ったLPガスの検針のために、ソフト込みの一式を購入 したものの一部。事務用スペックで音も出ない味も素気もない機械です。

    この機械では、Access2.0で書かれた、LPガスの業務用アプリケーションが動 いています。

    事務用だったので、イーサネットカードがついていたのだけは○でした。

無印1号

    1999年の3月ごろ、これまた弟から Pentium200の マザーボードをもらったの で、それをベースに組んだ、自作機です。

    ソフトウェア開発の主力機として使うつもりで、FreeBSDを載せています。が、 その後 Java での開発の話があって、その仕事には、力不足だったばかりに、 主力機は、下の無印2号、その後無印3号へと変遷しています。

    その後、Linux 上での開発の話があったために、FreeBSDとLinux(Turbo)のダブルブー トに、その後、13万文字が使える「超漢字」(Btron)を使ってみ たくて、Linux と FreeBSD と 超漢字のトリプリブートになっています。

    仕事の関係から、TurboLinux を動かしている事が多くなりました。


無印2号

    とーちゃん専用。

    1999年の6月ごろ、FreeBSD上でJavaを快適に使うことを目的に、組み立てた機 械です。OSは 2001年6月までは、FreeBSD Stable、その後、 RedHat Linux 7.1J。この機械の FreeBSD 環境は、そのまま、「無印 3号」に 引越ししました。

    Pentium-III 500Mhz, メモリ256MB,HDD20GB。

SONY VAIO505 SX

    1999年春に買いました。主に持ち運び用です。Z505 シリーズとどっちにしよ うかと悩んだところですが、デザインで 505SX に決定です。

    これで、無印 VAIO505 も控えになりました。

    東京出張のお供、そして、M$-Office 文書のビューワ。最近この手のドキュメ ントが増えてるのは、あまり嬉しくないですね。


    VAIO SR-9M/K を買ってしばらくしたら、HDDがクラッシュ。換装用の HDD を 用意しているのに、換えるヒマなし.... 乾燥後は、FreeBSDか NetBSDの専用 機にする予定。

SONY VAIO MX1

    2000年春に購入。家族のインターネットアクセスがさかんになったので、開発とは 関係なく自由にに使っていいコンピュータがあった方がよくなっので、購入。

    おもに、かーちゃんと息子が使っています。

Mac Cube

    2000年秋、小野商店に来ました。

    MacOX-X publid Beta が出た時点で、 MacOS-X を使ってみたい、というのが一番の動機。いやー Mac に BSD 環境が、 Mac でコマンドラインが使えるってのがいいですね。

    なかなかのダダっ子だったので、あまり使われてません。同時購入の Studio Display は、画面が出なくなったり、また、本体の方は、例の電源スイッチの トラブルと、いろいろ悩まされました。どうにか落ち着いたというところです。

    本体よりも、MacOS-X に感心してます。「よく UNIX を、ここまで隠したな」っ て。

    Cube は、あっという間に発売中止となってしまったので、早くオタカラにな らないかと期待してます。

    PowerPC G4 400Mhz, メモリ 320 Mbytes, HDD 40GBytes(換装)

IBM Thikpad

    2001年4月

    A4ノート。娘が使ってることが多い機械です。それまで、よく使っていた Dell Optiplex が ASCII 配列だったので、娘は JIS 配列が気にくわないみた い。育て方をまちがったか.....

    娘のHPは、この機械で作ってます。

    小野商店で、Windows-meが乗っている唯一の機械。娘曰く「Dell よりかたま りやすい」。

    Celeron ???Mhz, メモリ192MB,HDD20GB。

無印3号

    とーちゃん専用。

    2001年の6月、RedHat Linux 上での開発という仕事のために購入。

    本来なら、RedHat Linux を動かす予定でしたが、「最新・ 最速の機械では BSD を動かしたい!」とヨコシマな考えが茅生えてしまった ので、「無印2号」のFreeBSD 環境を、そっくりそのまま、引越ししてきまし た。そして、「無印2号」が RedHat Linux マシンとなりました。

    OSは FreeBSD Stable (現在は、4.3)。やっぱ BSD がいい。Linux は、いまい ちしっくりきません。

    現在のところソフトウェア開発の主力機。Linux のソフトウェアも、ここで動 くようになってから、Linux に持っていってテストしています。

    Pentium-III 1Ghz, メモリ512MB,HDD 40GB + 27GB。

SONY VAIO SR-9M/K

    Win2000のノートPCに VMWare 乗せてたら、出張先でも、FreeBSD、Linux など いろいろ使えて、アリバイ工作もできるという発想で、2001年夏に購入。

    Pentium-III 750Ghz, メモリ256MB,HDD 30GB。