長寿薬



2020.01.05.



 先生がしつこく電話かけてくるから、今日は顔を出しに来たよ。でも、薬は飲まないよ、 先生を困らせたくないとは思うよ、指導しただけではダメで、服薬確認しないと保険点数が取れないんだよね、それは知ってる。しかも、何かペナルティがあるんだって、ごめんな。困らせたくないんだけど、でも、もう疲れたんだよ。

 若返りの薬を、誰でも飲めるように、国が造ってくれると聞いたときは、本当に喜んだよ。実際に効くんだろうかと思いながら飲んでさあ、肌もツヤツヤしてくるし、手足の力もついて、食べ物もおいしくなって、それにほれ、あっちの方やら色々な方面で元気になって、そりゃ最初は嬉しかったよ。若いころに出来なかった事までやってやるんだ、てな気持ちでさあ、昔以上に働いたよ。

 薬が発売されてしばらくして、「60歳を超えたら薬を飲むのが義務だ」っていう法律が出来たときね、その時は何でそんな法律作るんだか分からなかったよ。介護にかかる金や人材を減らすためだとか、政治家は理屈言ってたけど、こんな有り難い薬を飲まないやつが居るんだろうかと思ったよ。元気になるのが嫌な奴なんて居ないだろうに、何で義務とか言い始めたんだろうと思った。

 力が湧いて、嬉しくなって、いっぱい働いたよ。でもね、ずっと薬を続けるのがだんだん重荷になってきたのさ。高い薬だよ。県から補助が出てるのも知ってる、けど、それでも高いよ。元気に働けるのは有難いけど、稼いだ給料の半分がこの薬代に消えるんだよ。そして気が付いたんだ、どうして薬飲むのが義務になったのか。年寄りが昔のような弱った年寄りでいたら、世の中がまともに動かないと考えられてるのさ。若返りの薬飲ませて働いてもらわないと、この国が保ちませんという事なんだね。けど、実際はどうなんだろうね。寿命が延びたら介護が要る時間も伸びるんじゃないかねえ、皆あんまり言わないけどさあ。毎日若返りの薬飲んで、汗水たらして働いて、結局は昔と同じ生活が、ゴムみたいにビョーンと伸びただけじゃあないんかね。

 それが楽しい人も居るとは思うよ、けどね先生、寿命が延びて人生が楽しくなる人は、別に寿命が延びなくったって楽しい人達なのさ。でも俺はそうじゃないんだよ。その他大勢は、苦しい生活の方がずっと長くなるんだよ。もう疲れたんだ、もう充分だよ。

 今まで有難う、今日はそれ言うために来たのさ。最後は先生の言う事聞かなかったけど、勘弁してね。

 じゃあ、さよなら。



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蛇足
 TV放送で一躍脚光を浴びた若返り薬NMNが2016年7月から日本で治験開始されています。同時期に、文部科学省のライフサイエンス委員会では、老化の遅延により年間1.7兆円の介護費用削減が可能との試算が出されているそうです。その後の進展は、私は知りません