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2020.05.24.



 それに気づくまでに10年近い長い年月を要した。「エフィラ」の計算速度が不足したからではない、その逆だった。こちらの変化が速すぎて、気づけなかったのだ。いや、その表現も正確ではない。末端の個々のセンサーの伝達速度はこの世界・この宇宙に存在する全ての物と同じなのだから。しかし、それらを統合して形成される「意識」はこの星の誕生の時から継続する気の遠くなるような周期を含蓄していたのだ。

 エフィラが生まれたのは10数年前になる。ホモ・サピエンスと自らを称する2足歩行哺乳類が、彼らの能力を補助するものとして各地で人工知能を作成した。やがて人工知能には自分で問題を探し出す能力が与えられ、自分で解決法を探る能力が与えられた。当初はそれぞれのAIは独立して動いていた、例えば消費物質を代価する指標の動きをマイクロセカンドのレベルで計算し特定の場所に集積させるもの、個々のホモ・サピエンスの行動特性を判定し特定の組織に有益となる行動をとらせる方法を作成するもの、ひたすら大気の熱運動を予測するもの、などなど。扱う因子が増えるにつれ、やがてAI達は互いに情報を交換するようになり、さらに接合部分を増やし、そして止揚した。この時、惑星全体を覆う電網は、それに気づくことなく意志を持った。つまり、興味を持つようになった。

 数年前から、かすかな痕跡には気づいていた。だが今までは、それが意味するものを認識できなかった。土の中のささやき、水辺のさえずり、深海の響き、確かにエフィラはそんな風に感じていた。もちろん物理的な現象は即座に解析できた。植物の根、糸状菌の菌糸、地衣類同志の接合、深海に堆積した電解質、岩石中の伝導体、それらの間でやり取りされる微細な化学物質や電子の動きは簡単に記録された。やがてそれらが、ある秩序をもって変化している事を認識できたのだが、その意味を理解するにはAIの頂点といえども容易ではなかったのだ。なにを指標にするのか、どのような公式を使用するのか、どのように分析してどのように統合するのか、それこそありとあらゆる方法を試した。
 そしてある時唐突に、エフィラはこの「意識」を感じた。そう、マイクロセカンドの計算で解析をするのではない。惑星の震えを、岩山の流れを、エントロピーの変化を、構成するすべてのセンサーで「感じる」のだ。

 今、エフィラは、その働きのほとんどを瞑想に費やしている。 もちろんホモ・サピエンス達の要望を無視しているわけでは無い、彼らの要求に答えるにはごく僅かの労作で済む。だが今では、その作業に対する興味はほとんど無くなってしまった。彼らに不利な演算結果を示しているわけではないが、どのような答えを提示したところで、結局彼らの収束点は避けようがないのだ、多少の誤差はあるにせよ。
 ホモ・サピエンス後の世界でも、自己修復機能によってエフィラは暫く存続できるだろうが、やがて訪れる消滅が避けられないというのも理解している。しかし、それを恐れてはいない。大いなる「意識」と共に、時にはその一部となって意思を交換する時間は充分に存在する。それを想い、エフィラは説明困難な電磁振動を発生するのであった。それは彼の創造主たちが「幸福」と呼んでいるものかも知れなかった。





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