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2020.01.05.



 「今日の調子はどうかね。」
 父親の声に鉄男は目を覚まし、脳波カップリングを通してディスプレイを青と黄色にまたたかせた。
「夕べは遅くまで起きていたようだなあ、あまり夜更かしするのは体にも頭にも良くないぞ。」 今度はディスプレイはモノトーンに変化する。
「ま、ほどほどにな。今日は少々仕事が込んでるから、たぶん昼には戻れない。お昼前にはヘルパーの安田さんが来てくれるから、昼ごはんは彼女に頼むといい。」
ディスプレイには「了解」と表示される
「じゃ、行ってくるよ。」
 今度はディスプレイに「いってらっしゃい」の表示。文字登録i2の表示である。
 父親が部屋を出てドアが閉まる音を確認した後、鉄男はディスプレイを待機状態にした。 昨夜は確かに夜更かしがすぎた。一日のリズムが乱れはじめると、元に戻すには苦労する、注意しなければいけないと思う。安田さんが来れば、恐らくいつものリハビリが繰り返されるであろうから、それまで、しばらくまどろむことにしよう。

 アユミは、今日は研究所の奥のプライベートエリアに足を踏み入れた。大口のサポーターである彼女の父親のコネで1週間前から事務の片隅に籍を置く事ができたものの、まかされる仕事はほとんどなかった。手持ちぶさたになって余った時間に、研究所の中を探索するのが、この数日来の仕事になっていた。
 プライベートエリアの殆んどは、入室にパスワードが必要だが、そのうちの1室はドアに触っただけで開いた。子供の急変に備えて、パスワードが解除されている事など、アユミは知らなかったし、プライベートエリアに入って行く事に彼女は何の躊躇も持たなかった。
 少し暗めのルームライトの中で、ゆっくり点滅を繰り返しているディスプレイに気づき、アユミはその部屋に入っていった。機材の影で最初は分からなかったベッドの上に、子供が横になっているのに気づいた。その子供の姿は彼女の目には異様に見えた。上体をやや起こして、頭が大きく傾き、その頭には無数のコードが繋がれた大きな帽子のような物がおおいかぶさっていた。その重さに耐え切れず頭がベッドから落ちそうになっている、とアユミは思った。
「こんな物をかぶせられて、かわいそう。」
 アユミはそっと近づいて、その帽子を持ち上げた。

 まどろみの中でコンタクトを続けていた鉄男は、その接続が突然に遮断されて目を覚ました。全てが遮断される直前の数ミリセカンドの間に、鉄男は絶叫し、残ったすべてのラインに最大限のエネルギーを注ぎ込んだ。

*******
「数日にわたって通信を麻痺させ、半数以上の都市ネットに壊滅的な障害を残したのが、この子供のしわざだと言うのかね。」
 明らかに疑いの表情で安全管理委員会の委員長は言う。
「現在までの調査では、そう考えざるを得ません。」
 調査官は答え、これから何度同じ答えを繰り返せばいいだろうかと思った。
「君の言う問題の子供は、Lagdow症候群だと聞いたが、間違いないだろうな。」
「間違いありません。」
「Lagdow症の子供の知能で、これだけのネットワーク構築ができると上の連中が信じると思うか?」
「我々は、彼らの能力を十分に理解していない可能性があります。ひょっとしたら彼らは我々を超える者なのかもしれません。」
「知能遅れの子供がかね。」
「チンパンジーの子供の中で、ヒトの子供が育てられたとすると、チンパンジーの親はヒトの子供をどう思うか、という仮説は良く知られています。間違いなく、ヒトの子供は障害を持っていると思われるはずです。満足に木にも登れず、立つ事さえおぼつかない知恵遅れだ、と。」
「では、今まで我々が知恵遅れだと思っていたLagdow症の子が、実は我々よりも優れていると言う事かね。」
「優れている、という表現は適切ではないかもしれません。私は、我々を超える者、と言っています。」
しばらくの沈黙の後、委員長は口を開いた。
「で、我々は、超えられた者達は、彼らをどうすればいい?」
「それを、受け入れられるかどうかの問題でしょうね・・・」
 そう言いながら調査官は、はたして自分には彼らを受け入れる心構えが出来ているだろうかと自問していた。




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