ピノキオ検知薬



2020.01.05.



 王様は悩んでいた、最近、しもべ達が嘘をついているのではないかという疑問がわいて来たからである。自分が言うことに一度も反対しないしもべたちを王様はこれまで信頼していた。王様が計画した事業に一度も反論したことが無いしもべたちを見て、王様は自分の考えた政策が非常にうまく機能していると信じていた。しかしある時、王様は疑問を持つようになった。世界で一番美しい着物を着て視察に訪れた市中で、小さな子供が「王様は裸だ」と言うのを聞いてしまったのである。

 官邸に戻った王様は自分が着ている着物についての資料を持って来るよう、しもべ達に申しつけた。しもべ達は2730ページにも及ぶ分厚い資料を王様に提示した。自分で全部読んで理解するのは困難だったので、補佐官を呼んで説明するように申し付けたところ、王様の着物はまさしく世界一の材質と技術で作られたものであると答えた。だがそれでも王様は完全に納得しなかった、着物を着ているはずなのに椅子の背が寒いし、風が冷たいのであった。

 ある日王様は隣の国から秘かに遺伝科学者を呼び寄せ、秘密の研究室で、ある薬品の開発を始めさせた。その薬は、ヒトが嘘をついたときに脳内で生じる化学物質の変化を感知し、DCHS2遺伝子を活性化させ、鼻軟骨の成長を急速に促進させる働きを持つものであった。つまり、嘘をつくと鼻が伸びてくるのである。王様は出来た薬を、科学者と一緒に連れて来た隣の国の被験者に飲ませ、世界で一番美しいはずのあの着物を着て接見の場に訪れる考えだった。だが、蜘蛛の巣占いをしたところ、その方法では薬の効果が正しく判定できないとの神託が出た。そこで側近に、自分が身に着けているものを脱がせるように命じ、その後に王座に着き、尋ねた、「この美しい着物をどう思うか述べよ」と。隣の国の被験者たちは一瞬王様の姿に驚いた様子を見せたが、これがこの国のしきたりなのだろうと忖度し、答えた。「王様のお召し物はこれまで見たこともなく美しいものでございます」と。すると被験者たちの鼻はじわじわと伸びて来た。

 薬の効果を十分に理解した王様は、しもべ達に14日間この薬を飲ませ、その後にしもべ達を召喚して尋ねた、「この国の商いは成長を続けているか」と。しもべ達は答えた、「短観を確認するまでもございません。この国の商いはこの10年以上、弱み含みではありますが順調に成長を続けております。これだけの長期の成長は未だかつて無かったことであります。」王様はしもべ達の鼻をじっと見つめた、しかしその鼻が伸びることは無かった。王様は満足した。ただし、世界で一番美しい着物を着るのは冬の間は止めておくことにした。

 王様も、隣国の科学者も気づかなかった、この国のほとんどの住民たちのDCHS2遺伝子は、極めて活性が低い変異型だったのである。



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